思いをのせるこころノートには、自殺についての思いが投稿されます。
ここに書かれているのは、普段心に秘めているそのままの言葉です。
しっかりしなければ。 一歩ずつ。 怖くても。 やれることからやらなくては。 前より状況は良いはずなんだから。今の処は急かす人は居ないんだから。 しっかりしなければ。
これから生活に行政のサポートが入る訳だが、以前出くわした様な人間に今後も対応しなければならない時があるのかもしれないと思うと頭痛と腹痛が酷くなる。 クソのような気分だ。 いつまでクソッタレな経験の過去に影響されなければならないのか。 目の前の事に集中するのが難しい。 周りに当たり散らして状況が悪くなるのが怖い。 全くクソだわ。
もう疲れた。家にいたくない。母は自分が全てにおいて正しいだと思っている。
生きていきたいなって思えてる日常で寝てる最中に死んでしまいたいなって思う時がある。痛みも苦しみも無く。 死にたいって思ってる時に死んじゃうのって悲しすぎるから。 生きたい筈なのに死にたいって思ってる。 山の中とかで死んでしまって、自分の身体が土に還っていく処を想像すると妙にほっとする。ああほんとに悲しくない時に死にたい。そんな事を考えてる自分が寂しい。悲しい。辛い。
交番に姉を殺してしまいそうだと相談に行ったことがある。詳しく話も聞かれずそういうのは親戚間で話し合いをしてくださいと言われた。他害の恐れありで強制入院させられても良いという気持ちで行ったのだが。 交番に警察官に人を殺してしまいそうだと言いにくるハードルの高さを考えて欲しかったな。 こちらは病を得、自殺未遂を繰り返しながらもどうにか生きていかねばと必死に仕事に付いても解雇等されていたものだから、自立できるほどは稼いでいなくてもバイトでも一定収入のある姉は私より上に扱われていた。 子供の頃から母親から姑との愚痴を聴かされる事や家事を手伝わされるのはほとんど私であった。 相部屋だった為こちらが就寝中でもパソコンをカチャカチャやられるのは堪らなかった。仕事ならまだしも趣味ともなると。そして具合いが悪くても家事は手伝わされ姉はやらされないですんでいた。さらに自分がやりもしない家事に対して口を挟んできた。自分でもやってくれと言ってもやってはくれなかった。我慢ができなかった。 障害者施設に行っていた時思ったより普通の人達が多くて驚いた。長時間労働を強いられて統合失調症を発症した方等状況は様々だった。皆結構良い人達だった。もちろん嫌な感じの人も居たがそれはどこにいても同じであろう。 それを思うと適切な時期に精神科に入院というものができていたら、それはそれで人とちゃんと関われて居たのかもと思ってしまう。今、それなりに社会での居場所、人間関係、生活というものがあったのではないかと。ただ、もっとひどい目にあっていたかもしれないし一概には言えないのだけども。 ちなみに姉は私から水をぶっかけられた程度で生きている。姉自身も失職等から精神的な病を得た後妙にこちらにへつらってくるのが笑った。もちろん相手にはしたくないので避けている。あちらは一人で暮らしているし、行政のサポートも受けているし自分でやってって欲しい。もうそうそう会うこともないとは思う。 今、自分の健康状態はあまり良くなく今後ようやくちゃんと行政のサポートを受けられそうである。その話し合いは進んでいる。酷い担当に当たらなければ良いのだが。 正直色々怖い。悲しい。寂しい。辛い。 それでもやっていくしかない。多分きっとどこかに活路はあるはず。少しづつ少しづつ。
長崎の僻地の貧しい家に生まれて、高卒で働くものだと思っていたのですが運良く勉強ができたので大学に進学しました。そこで研究をはじめて今まで博士課程をやってきましたが生活がたち行かないうえ親にも申し訳ないので自殺を考えています。婚約者がいましたが留学で振られました。自分は30歳にもなってカスみたいなバイト代みたいな給料で食っていて本当に毎日毎日ごみみたいな状態です。著書が出る予定が決まったのでそれは完成させたかったんですがもう何かがぷつんと切れてしまいました。でも本当に頑張ってきたのになんの意味もなく金にもならず、果ては恋人にも振られて本当に自殺したい以外の感情が浮かばなくなりました。本当にたすけてほしい