思いをのせるこころノートには、自殺についての思いが投稿されます。
ここに書かれているのは、普段心に秘めているそのままの言葉です。
腹が痛い。精神的なストレスが子宮をキリキリさせてくる様になってきて、しんどい。 昔の事でなんでこんな体調にさせられて時間取られなきゃいけないんだろう。その相手は素知らぬ振りでのうのうと生きてるんだろうなとか思うと本当に怒りが湧いてきてそのうち無気力になる。法的な専門家に相談もしたが出来ることはほぼほぼないが全く無いわけでもない。それをするにしても時間と労力と金もかかる。自分が望んだ結果になるとも限らない。いい加減なろくでもない仕事をされた側がなぜここまで人生を破壊されなければならなかったんだろうか。こういう日は処方薬を飲んで1日寝て無駄になる。こういう時はいつか必ずどうにかすると思うと少し楽になる。いつか正義が果たされる事を願って今日は休む。
やらなきゃやらなきゃって気持ちがいっぱいになって、不安になって疲れて、頭の後ろから肩にかけてグッと重痛くなる。いっぱい努力したのになんで上手く行かなかったんだろう。精神障害者を助けますって施設でなんで担当者と最初の一対一の相談で「なんでもかんでも聴ける人間は居ないんですよっ!」とか怒鳴られないといけなかったんだろう。なんで担当者の人生の苦悩とか話されないといけなかったんだろう。相談時間は何分くらいの心づもりで居ればいいのか確認しましたよね。なんで初っ端で話始めた処で怒鳴るんですかね。信頼関係なんか貴女と出来るわけ無いでしょ。はなから来るなよ。こういう仕事に。父親が横暴だったとか知らねーよ。自分の問題と利用者の問題ごっちゃにしてんじゃねーよ。私は自分がまともな育てられ方したとも生き方がまともだったとも親がまともだったとも思えないから、とてもじゃないが精神に不自由さを抱えてる人の助けになれるなんてとてもじゃないけど思えないよ。精神障害者を助ける現場は、いわゆる普通の家庭ではない処で育った自分を一般社会で感じる、扱われる異質感から逃げ込ませる為の場所じゃないよ。人生、人間関係、家庭環境で辛い経験したってだけでつとめられる仕事じゃないよ。利用者の状況に自分の人生重ね合わせないでくれよ。ケースバイケースだろ。そんな担当に当たったせいで未だにこの状況を公的に支援してくれる担当者と会えてないよ。その状況に対応しなくちゃいけなくてストレスで糖尿病も発症したよ。そんな人間が精神障害者に近くに居続けられる今の国の制度に失望して、変えたいなら自分で動くしか無くて、でももう思い出したくも無くて、でもその過去のことが今の状況に影響してて、いつ終わるんだこのループ。ってなって結局有耶無耶になって何もしない出来ない自分が嫌になって死にたいってより無気力になってぼーっとして生きてんだか死んでんだか分からない状態になる。頭も悪くなった気がする。もう終わらせてくれと、死んでたまるかが振り子のように行ったり来たりする。他力本願に精神障害のケアの充足化が進みます様にと願って今日は寝る。
仕事をしたいのに、過去の間違いが足を引っ張って働けない。 精神疾患で早期退職を繰り返し、療養という名目で資格を取るなどもせず気付けばひきこもり。 もっと働いていれば、働いているときに転職活動をすれば、せめてやめたあとに何か取り組めばよかったのに。 私には何もない、死にたい気持ちと病気の体があるだけ。昨日より今日、今日より明日と悪い未来しか浮かんでこない。 せめて、猫が生きているうちは息をするけどそれ以降はもうどうでもいい。外に出る意欲は、事故や無差別殺人、災害に巻き込まれる可能性を上げるため。こんな罰当たりな私はどんな地獄が待っているのか。
早く死にたい。 早く全てが終わればいいのに。 毎日そう思いながら生きている。 過去のトラウマが頻繁に蘇る。毒親や苛めっ子はもうここにはいないのに、今目の前の現実が勝手に恐ろしいものに色付けされて、勝手に心と身体が緊張する。周りが敵に見えて身構えて、そんな自分に嫌気が差す。気力が消耗されるから、なるべく何もしたくないし誰にも会いたくない状態が出来上がる。 結婚や子育てをしたり、趣味に打ち込んだり、友人と遊んだり、なんで皆そんなに精力的に生きられるんだろう。 私は朝起きて、仕事して、家事をして、毎日ただ生きるだけで精神的に精一杯だ。 10代20代の時に3回自殺未遂をした。 死ねなくて悲しかった。 「あの時死ななくてよかった」と思った事よりも、「やっぱり早く死にたい」と思う方が断然多い。 今ずるずる生きているのは、自殺願望が無くなったのではなく、自殺する勇気と体力が湧かないだけ。 また勇気と体力が湧いたら、今度はちゃんと死のうと思う。
貯金0→収入源探し→資産の一部売り→ect の繰り返しで生活改善の手段も時間も能力もないです。 また相談窓口の電話も繋がらないです (1:06)
努力した。人が母が父がどう言おうと私は努力した。聴こえてくる自殺の方法はほぼぼぼ試した。失敗に終わった。それほどまでに苦しかった。死にたいんじゃない。苦しみを終わらせたかったのだ。医師からは入院させたほうが良いのではないかという示唆を家族は取り合わず家の中では金食い虫だと厄介者だと言われそこからなんとか逃げ出したくて何度も仕事に挑戦し何度も解雇にあいどうして絶望せざるにいられようか。ようやく頼った市役所になぜこちらの事情もきちんと把握せず貴方は努力してない的な事を言われなければならなかったのか。勝って気に決めつけるな。悲しいかな窓口で必死に訴えないと耳に届かない人間が多すぎる。しかも届けば良いほうだ。それでも、心が荒んでも顔付きが悪くなっても強風に吹き飛ばされないように地べたを這いずるようであっても、ここで負けて花実が咲くものか。