思いをのせるこころノートには、自殺についての思いが投稿されます。
ここに書かれているのは、普段心に秘めているそのままの言葉です。
私の事を散々バカにしてきた友達や男子へ。 「こいつになら何をしてもいいだろう」と舐められて持ち物を盗んだり、男子から「肉団子」とか「豚汁」とかあだ名をつけて陰でバカにされたり、同性の女子からも「私ちゃんにはこんな経験ないよね笑」って言われながら大学での楽しかった事を毎日電話で話されてマウントとられて悔しい思いをしたりしてきた。 偶然にも会った時にも「こういう理由があって今は家に居る」って言ったら「あー!!無職の私の妹と一緒!!」って言った時はぶん殴りたかった。 あんたたち全員結婚して今もヘラヘラしながら旦那や子供と一緒に生活してるのかと思うと本当に殺したくなる。 家族もろとも不幸な目に遭って社会のレールから外れてください。 子供が重大な障害を負って社会生活が困難になって家族みんなが介護疲れで共倒れになってください。 それを毎日願ってあんたたちを呪っています。 これを見て誹謗中傷で訴えるのならどうぞ。 正しいのはどっちでしょうね?
母に自殺したいといってみた 母は泣いた、別に泣いてほしかったわけじゃない、 知っている、人とは運よく生きれば親よりも長く生きれることを 知っているさ、体感していないだけで、体感できないわけで 自殺、TVでニュースが流れている、イジメ?虐待?パワハラ? 私は屑だ、日本人として生まれ、それなりにいい家庭環境で育った、 虐待の「ぎ」の文字もない、最高の親だ 私には弟がいる、優しく、自慢の弟だ兄弟関係も最高といってもいい 弟は優しすぎた、死にたくない、みんなに死んでほしくないと泣ける子だった 正直何度も思う、あ々、なんて自分はみじめなのだろう ちっぽけなことで嫉妬して、病んで、そのたびに死にたいっておもって けど死ぬのが怖くって、傷つきたくなくて 実際に自殺してしまった人、強い人だと思った、いいや、思ってしまった 「したい」の私は 「する」もしくは「した」にたどり着けないだろう 私は惨めだ。勉強もできなくて、運動もできなくて、人の期待にこたえられなくて、大好きな音楽も、絵も、もう何もわからなくて 生きている価値なんてないと思ってしまう、 だが知っている、生きれる人は生きねばならないと、 知っているだろか、行きたくても生きられない人がいることを 私はその場に行ってみたわけじゃない、ただ“知っている“のだ 今でも絶えそうな命があるのだ、言い方は悪くなる、それに私は人間として屑だ 耳を傾ける必要もないような塵だ、 ただ本当に死にたい、と思ったなら、、 「今ここで私が死んでも意味はない、が、どうせ死ぬならどこかすげーところに名前掘って死ぬ」 そう考えてみてほしい 、うーん。世界遺産とかに掘ってやろうかな、 とか考えてるうちに私はいきたくなってしまう、こんな優柔不断な女として 明日はまた学校へ行く。 校舎のど真ん中に刻んでやろうか、
あの時助けてくれる人が居たらなあ。と考えてもしょうがない事を考える。 さみしいな。
精神的な治療の薬の種類が増えた。 よく眠れた。 今日は風邪気味で1日中寝ることにした。 何時間が起きに目が覚めるのだが、酷い対応をした施設職員とのやり取りがいつも以上に鮮明に思い出された。鮮明に思い出させるがだけに、その時感じた恐怖、怒り、悲しみ、絶望、焦燥、不安等諸々の感情も鮮明に思い出された。鮮明に思い出されたとしても、それはもう随分と前の過去であり、何もできないのだというストレスが頭と心臓とを重だるくさせる。 ここの処、今後の生活の変化への対応に追われていて今日くらいはガッツリと寝ようと思ったのにこれである。 年齢的に体調の変化も著しく、それにも引っ張られる。 いつかさわやかな目覚めとやらをもう一度味わうことが出来るのだろうか。 期待せずにほのかにほのかに望み、とりあえずは睡眠がとれている事に感謝しようと思う。
死ななくて良いはずなんだ。 生きてて良いはずなんだ。
全部遺伝子ですわ